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よろず屋の猫

『最後の旋律』 エド・マクベイン

87分署シリーズの最後の一作、『最後の旋律』を読みましたのでその感想です。

原題 『Fiddlers』

2005年7月にマクベインが亡くなったので、これが最後の87分署シリーズ。
ほぼ半世紀、56作のシリーズの最終作です。

私が始めて87分署を読んだのは中学生の時、父の本棚から『警官嫌い』を引き抜いた。
もちろんポケットミステリー、父の本棚には実にたくさんのポケミスがあった。

物語の中の人物達は、実際の時の流れに沿わず、ゆっくりと年を重ねている。すごい矛盾があるのだが、何のそのである。
なんたって『通り魔』の時のバート・クリングは確かベトナム戦争帰りだったと思うけど、この『最後の旋律』ではベトナムは遠い昔、登場人物たちにとっても伝聞で知るだけの戦争である。

犯罪にこの形容詞はどうかと自分でも思うが、初期のものを読むと、“古き善き”と思う。あくまで人が扱った犯罪の謎を解いている。
それが段々と世の中も変化し、扱う事件も捜査の仕方も近代的になり、私にとってミステリーとして87分署はそれほど魅力的ではなくなった。
シリーズが複数の犯罪を扱って、まさに“警察の物語”となったので、87分署シリーズは懐かしいキャラたちに会う気持ちで読むもの、同窓会に出席するような気分だった。

ここ数年、またシリーズはじっくりと一つの事件を扱うようになった気がする。
この『最後の旋律』もおなじみのメンバー全員で、一つの連続事件に当たっている。
刑事達は二人で組んで各被害者を調べるが、87分署メンバーの私生活の描写も入り、また犯人の様子も語られ、何度も場面転換をしながら、結末に向かっていくのはマクベインらしい構成。

ところで私の87部署シリーズ中のお気に入り人物はクリングなのだが、まぁ、マンガやアニメとは全然タイプが違う。
およそシリーズ物のメインキャラでこれ程気の毒な人はちょっと居ないのではないかと思う。
金髪ではしばみ色の瞳、カッコ良いと何度も作中で表現される彼は、きっすいの都会っ子でありながら、桃色のほっぺで田舎の兄ちゃんみたいらしい。
登場時は華々しかったが、婚約者のクレアが殺される。
マクベインが本当は人気が出てきたキャレラが殺される話を書きたかったのだが、編集サイドにNOと言われ、変わりにクレアにしたと言う話は有名。
次に出来た恋人は、たしか大学に行くとかで、あっさりクリングはふられてしまう。
モデルのオーガスタと結婚するも、オーガスタが浮気。クリングは現場を見て、相手の男を殺してしまおうかと言うほどの精神状態になる。離婚。
傷も癒えてアイリーンと言う刑事の恋人が出来たが、彼女はおとり捜査で自らがレイプに会い、深く傷ついてクリングと別れる。
次は警察内でもはるかに上の階級の黒人女性シャリーンが恋人になるが(クリングは白人)、どうやら私は未読の『耳を傾けよ!』でシャリーンを疑ったあげく、バカをやらかしたみたいで・・・、結局最終作でもクリングは不幸なまま。
それでも女にふられただけだ、まぁ良いか、というところにこのクリングの不幸がある。
なんたってシリーズのメインキャラで次に死ぬのは彼だろうと思っていた人は多いと思う。所謂死亡フラッグが立ちっぱなしの人物なのだ。
私なんかは、とにかくクリングはこれでもう殺されることはないと、『最後の旋律』を読み終わったときにホッとしましたよ。

解説の後にシリーズの全作品リストが載っていて、ファンにはありがたい。

続きの構想があったとのことですが、願わくばロバート・B・パーカーの『プードル・スプリングス物語』(チャンドラーの遺稿をパーカーが完成)のようなマネはしないで頂きたい。


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